アマチュア無線を考えるために
通信の歴史をふりかえる

 通信とは情報の送受信を行うことであり、有史以前から徐々に発展してきた。近年では多様化の中で急激な技術的発展をみながら利便性の高い大衆的なものに発展してきている。
 通信の語源は「通い合って(通じて)信頼を深める(信(よしみ)を通わす)」という意味でありこの文字から連想することは、人が介在するコミュニケーション手段であることがわかる。
 
 通信を分類すると、人間が直接間接にかかわりなく行う伝言や音響によるもの、狼煙などの視覚によるもの、飛脚や伝書鳩そして郵便などの親書の輸送、そして一般に通信を連想する有線、、無線等に代表される電気通信は、さらにパソコンを介したインターネットへと多様化し実に様々な様相を呈している。通信は特定の相手とのやりとりであるが、広義の通信には放送を含みその多様化も進み著しい発展を観ることがである。

 さて、有線通信(Wired Communication or Cable  Communication)とは、自由空間以外の線状につながれた伝送路を利用して行う通信であり、無線通信(Wireless Communication)は、伝送路として「線」を使わない通信であり、無線(Wireless)と呼ばれることが一般的である。

 このように原始時代から行われた狼煙や、手旗信号などの通信手段はやがてアメリカ西部開拓史の駅馬車時代に見られる有線電信としてのモールス符号を生み生活の中に溶けこんできた。
 無線の歴史を語るには、有線から無線への変遷や、それぞれが独自に発展してきた歴史を振り返ることが必要だろうし実に興味深い。
 
 1864年、マクスウェル(イギリス)が電磁波の存在を理論的に証明し、1888年ヘルツ(ドイツ)が電磁波の存在を実証した。日本はこの年有線電話業務を開始した。そして1894年ヘルツ(Hertz)が死去し、マルコニー(Guglielmo Marconi)がヘルツ波の実用化実験を始めることになる。
 翌1895年 マルコーニ(イタリア)は無線電信を発明し、 モールス音響通信開始した。1896年マルコニーは、無線電信に関する特許をイギリスで取得し、ロンドン郵政庁で公開実験に成功した。日本でもこの年逓信省が無線電信の研究に着手した。

 1897年、 ロンドンでマルコニーが無線電信会社を創設し、ドーバー海峡を挟んで英仏間の無線通信を実現させた。明治30年のことである。
 1901年(明治34年)マルコニーは、イングランドのコーンウォール州ポルデュからニューファンドランド州のセントジョーンズ間で初の大西洋横断無線電信に成功した。送信したモールス符号”S”は凧に吊るされたアンテナで受信されたことは有名な話である。
 この時の火花送信機はロンドンの大英博物館に展示されており筆者もこの現物を見たときの感動を今も覚えている。

 その後ラジオ放送開始などに触発された人たちによって自然派生的に無線実験を行う人たちが出てきてやがて日本でも商業通信の範疇を越えた人たちの挑戦により俗にいうアマチュア無線が誕生するきっかけとなった。
 しかし一時隆盛を極めたかに見えたアマチュア無線が、現在衰退の一途をたどりしかも社会から疎んじられている。悲しいことはこの現状を認識できても、その原因や対応について的確に指摘することができず守りに徹した姿勢の中で未来手の展望に手をつけることができないでいる。数を力に強引に進んできたアマチュア無線が息切れを起こしながら今なおその対策を講じることができない現状の中に今も漂っているようだ。